あの時、私達は同じ空間にいた。

 

2017/5/1(mon.) - 14(sun.)

11:00 - 17:00 (初日17:00〜/最終日〜17;00)

イエローハウス

東京都中央区日本橋久松町3-1

 ここ最近の制作においての興味は、とにかく技術についてである。「どうすればもっとまともな線が引けるのか」、「どうすればより形や色に幅を持たせることができるのか」つまりは「どうすれば絵が上手くなるのか」ということを中学生のようにずっと考えている。もちろんこれは自分が描きたいイメージを具現化するための技術である。モチーフについてはもとからあまり執着しないタイプではあるが、最近は特に興味が薄い。

道でつまずく石と同じで、絵を描くきっかけとなってくれるのだが、それはそこらじゅうに転がっていているし、なかなか一つ一つに気は配れない。配らない。( しかし不思議と何でも良いというわけではない、、、。)それよりも「こう描きたい」を達成できないことがもどかしい。

 いつからそう思うようになったのか? 大学在学中は「こう描きたい」というのをなんとなくに設定することで、良い意味でかなり流動的に作品を作ってきた。しかし卒業してから徐々にだが、自分で設定したその部分が描く前からほぼ把握できるようになってきて、描いてるうちにやはりなんとなく絵になってしまうという事実に、簡単に言えば飽きてきたのだ。今までの制作スタンスが間違っていたとは決して思わないが( それはそれである意味技術だろう) やはりここから先に行くにはもっと確固たる筆の技術がないと描きたい絵にはなっていかないなと感じた。今まで後回しにしていたツケがやっと回って来たように思う。技術とは身体が覚えて初めて扱えるものだ。染み込むまでにこれからきっと長い長い時間がかかるだろう。そしてその身体技術が身についた頃にはきっとまた別の課題が出てくるはずだ。自分では同じところを何度もループしているように感じるだろうが、きっと作品だけは自立して螺旋状に変化してゆくはずだ。その変わって行く段階の一つに今日の展示がある。それを見届けていただけたら嬉しいし、私ものちに見返した時にそれを実感したい。多くの人が言うように、絵画とはその時間経過の集積を記録したものである。

 今回の展示タイトルは、私達が在学中に同じアトリエで制作していたことに由来する。あの時の私は未熟な技術に目をつむり、良くも悪くも軽やかに制作していた。あれから約2年が経ち、いま私は一つのターニングポイントに立っているような気がする。技術技術言っている今の私の記録作品をしっかりと展示できたらいいと思う。(2017.5 小穴琴恵)

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  最近、カール・ビンソンが日本海を航行中とか、ロナルド・レーガンが横須賀港に停泊している…とか、なにやらキナ臭いニュースが連日のように聞こえてくるが、これはアメリカの航空母艦の話で、搭載している戦闘機は最新鋭のジェット機ばかり。スクランブルがかけられたら即座に離陸してあっという間に加速して目的なり標的に達してしまう。こういう映像を毎日のようにテレビで観ていて、僕はむかしの航空母艦を思い出す。むかしというのは第二次世界大戦の時代だ。僕は戦後生まれだが、子供の頃も今のように航空母艦から飛行機が飛び立つ映像をTV でよく観たものだ。それは全部、太平洋戦争の時の映像でアメリカや日本の航空母艦から戦闘機が飛び立つ映像だった。当時の航空母艦も大きなものだったろうが、装備されている機能や戦闘能力は現在のものとは比べものにならないだろう。なにせ、今の戦闘艦の動力は原子力だが当時は石油燃料だ。飛行機もジェット機ではなくプロペラ機だ。ジェット機なら短い滑走距離であっという間に発艦し、一気に急勾配を描いて空高く飛んで見えなくなるが、プロペラ機はそうはいかない。離陸直後、艦から飛び出して一瞬沈むのだ。機体の重さ、速力、馬力をわずかに満たしていないからだろう。おそらく機内ではパイロットが操縦桿を引いて機体を上げようと一生懸命だ。なんとかこらえて、機体はようやく上昇を始める。零戦やグラマンがお互いを攻撃をしに甲板を滑走するそんな映像を何度も観た。余談も喩えもつい長く引っ張ってしまった。何を言いたいかというと、大学を出た者のその後数年の状態と航空母艦を飛び立つ当時の戦闘機の姿が似ているということを言いたいのだ。大学を出て、護りや盾、枷や鎖が断ち切れて束の間の自由と裏腹に未だ充分な勢いを持たぬ者の不安定な姿が重なるのだ。この数年の低空飛行に若い画家の心身が耐えられるかどうか。ジェット機のような奴はとっとと先へ遠くへ行ってくれ。 そうでない奴は必死にプロペラを回してなんとか機体を持ち直してくれ。

 小穴琴恵。彼女はこの数年間に幾つかの展覧会を開いた。その幾つかを僕は観た。風景や画家が見た何か。view もあればscene もある。それぞれの「気づき方」を愉しんでいる。そして筆はだいぶ野蛮になった。粗野ではなく、野蛮。“私の、私達の仔細” を笑って踏んづける泣く泣くの愛情だ。小さい絵が大きく見える。新しいこんどの大きな絵はどう見えるだろう。同時に道は今、画家の前で二つに分かれている。見たものを描くのか。気づいたことを絵にしてゆくのか。どちらも我が身の外にあって画家の目と手を攫おうとしている。 無理を承知で両方を辿ってほしい。言っておきながらそれは不可能だろうと自身呆然としている。いま見るところ、 この画家の描く絵の表には両方の道が行き交っている。でも、近道でもなく一本道でもなく、まんまと抜道を見つけて勝手気儘に往き来してくれないか。そんな期待をこの若い人にかけている。

 

 二人の若い女性たちに向けて、のっけからキナ臭い話を持ち出して申し訳ないと反省している。でもまあ後少し、とにかく操縦桿を握ってプロペラをぶん回して持ち堪えてください!(2017.4 O JUN) 〈一部抜粋〉